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1~3件目 (3件中)

  • アイドルダンスの楽しみ方

    投稿日 :
    2017-12-14 14:28:41
    カテゴリ :
    萌えきゅん一口メモ
    WRITER :
    スタッフ

    京都の木屋町三条で、あなた好みのアイドルやメイドさんを見つけてみませんか。 メイドカフェが初めての方でも気軽にお楽しみいただけます。 アイドルやメイドさんたちと京都での楽しいひとときをお過ごしください。   学園祭や会社の忘年会、結婚式の余興など、アイドルダンスは出し物の定番にもなっていますね。 実際に踊ったことがあったり、動画投稿サイトで「踊ってみた」の動画を観たことがある方

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    京都の木屋町三条で、あなた好みのアイドルやメイドさんを見つけてみませんか。

    メイドカフェが初めての方でも気軽にお楽しみいただけます。

    アイドルやメイドさんたちと京都での楽しいひとときをお過ごしください。

     

    学園祭や会社の忘年会、結婚式の余興など、アイドルダンスは出し物の定番にもなっていますね。

    実際に踊ったことがあったり、動画投稿サイトで「踊ってみた」の動画を観たことがある方も多いのではないでしょうか。

     

    アイドルダンスはジャズダンスやヒップホップダンスのように決まったジャンルが存在する訳ではなくて、アイドルが踊るダンスのことをアイドルダンスと呼んでいます。

    特徴としては、ライブ会場などで観客のファンの方々と一緒に盛り上がることができる振り付けが多いことです。

    一般的に観客のファンの方々はダンス未経験の方が多い前提となっているので、振り付けは真似しやすいように、分かりやすいものになっているものも多いです。

    真似をしやすいダンスは多くの人に興味を持ってもらうきっかけにもなりますし、ライブを盛り上げるのには最適なのです。

     

    しかし、あまり簡単な動きが多いと華やかさに欠けてしまったり、ダンスを観たい人にとっては物足りないものになってしまいます。

    もちろん、振り付けやフォーメーションが複雑で、難易度の高いダンスも人気があります。

     

    ダンスを観たい人にも、ダンスを踊りたい人にも楽しめるようなバランスが大事になってきます。

     

    振り付けを真似て踊る(コピーする)ことを「振りコピ」といいます。

    振り付けを完全にコピーできたものは「完コピ」と呼ばれることがあります。

    ダンスの映像を何度も繰り返し見て練習することが必要です。

     

    振りコピを撮影してニコニコ動画やYouTubeなどの動画投稿サイトに投稿した「踊ってみた」も人気を集めています。

    真似しやすいダンスから、何度も練習しないとできない難しい振り付けのダンスまで、いろいろな方が投稿しています。

    同じような衣装を着て撮影したり、MVの撮影現場に似た雰囲気の場所で撮影したりと完成度の高いものも多いです。

     

    アイドルダンスは観て楽しむだけではなく、振りコピすることでライブで盛り上がったり、動画を投稿してみたりと参加する感覚で楽しむこともできます。

     

    京都には古くからある喫茶店や、アイドルカフェ、メイドカフェのようなコンセプトカフェもあるので、観光の合間の休憩にも利用でき、いろいろな京都を楽しむことができます。

    日常から離れてリフレッシュしたくなった時には、京都木屋町のアイドルカフェ・メイドカフェへぜひご帰宅ください。

    あなたのお帰りをお待ちしております!

     

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  • アイドルのセルフプロデュース?

    投稿日 :
    2017-12-09 17:43:20
    カテゴリ :
    萌えきゅん一口メモ
    WRITER :
    スタッフ

    学校や仕事での疲れを癒したい、いつもと同じ生活の繰り返しに飽きてきた、ガールズバーやキャバクラもいいけどたまには変わったところで遊びたい、かわいい女の子とお話ししたい・・・、そんな時には京都の木屋町でアイドル、メイドさんたちと楽しい時間を過ごしてみませんか。   「会いに行けるアイドル」が誕生して以来、アイドルグループのブームが到来し競争が激しくなっています。 そんな中、楽曲やパフ

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    学校や仕事での疲れを癒したい、いつもと同じ生活の繰り返しに飽きてきた、ガールズバーやキャバクラもいいけどたまには変わったところで遊びたい、かわいい女の子とお話ししたい・・・、そんな時には京都の木屋町でアイドル、メイドさんたちと楽しい時間を過ごしてみませんか。

     

    「会いに行けるアイドル」が誕生して以来、アイドルグループのブームが到来し競争が激しくなっています。

    そんな中、楽曲やパフォーマンスの魅せ方などをセルフプロデュースするアイドルの存在が目立つようになってきました。

     

    セルフプロデュースとは、自分の理想イメージを他者に売り込むことです。

    良好な人間関係を築いたり、仕事で成功を収めたりなど、活用できるシーンはたくさんあります。

     

    アイドルにとってセルフプロデュースをするということは、芸能事務所やレコード会社に所属せず、作詞作曲から衣装作り、ステージの演出、グッズの企画、販売、ライブのブッキング、告知などすべてをアイドル自身で手掛けて活動するということです。

     

    現代のアイドルにとっては、自分をどう見せるか、どう見せたいかという自分を演出する力は、業界を生き残っていく上で重要な力になっています。

     

    芸能事務所に所属していてプロデュースしてくれる存在がいたとしても、自分で自分の個性や魅力をうまく発信するアイドルもたくさん活躍しています。

     

    セルフプロデュースをするにはプロデューサーがいない分、大変なことも多いです。

    事務的な仕事もこなさなければなりませんし、何か一つのことを決めるのにもグループであれば話し合いに時間が掛かります。

    表舞台に立つという華やかな仕事以外にもたくさんやるべきことがのしかかってきます。

     

    ですが、そういったこともアイドル自身やメンバーそれぞれが各自でそしてメンバーみんなで高め合い、楽しんでいくことができます。

     

    自分で表現したいこと、やりたいことを目指せるので、純粋に楽しんで取り組むことができるのです。

    しかもセルフプロデュースだからこそ、ファンの方々に楽しんでもらえた喜びや、やりがいというものがすべて、自分だけのものになるのです。

     

    どんな場所でも力を最大限に発揮して、やりたいことを、やりたい様にやる、そんなアイドルの輝いている姿には元気をもらえますし、ますます応援したくなってしまいます。

     

    京都木屋町三条へあなた好みのアイドルやメイドさんを見つけに来てください。

    メイドカフェが初めての方でも気軽にお楽しみいただけます。

    日常から離れてリフレッシュしたくなった時には、京都木屋町のアイドルカフェ・メイドカフェへぜひご帰宅ください!

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  • アイドルとメイドカフェの聖地 秋葉原の歴史

    投稿日 :
    2017-12-02 23:27:40
    カテゴリ :
    萌えきゅん一口メモ
    WRITER :
    スタッフ

    東京の秋葉原、名古屋の大須、大阪の日本橋は「日本三大電気街」と呼ばれています。 京都の寺町も電気街となっていますね。 東京の秋葉原は、電気街の他にも、アイドル、メイドカフェ、サブカルチャーの街として、国内からも海外からも観光客がたくさん訪れます。   秋葉原という地名の由来は、諸説ありますが、火除けの神「秋葉大権現」に由来しているという説があります。 1869年(明治2年)、秋

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    東京の秋葉原、名古屋の大須、大阪の日本橋は「日本三大電気街」と呼ばれています。

    京都の寺町も電気街となっていますね。

    東京の秋葉原は、電気街の他にも、アイドル、メイドカフェ、サブカルチャーの街として、国内からも海外からも観光客がたくさん訪れます。

     

    秋葉原という地名の由来は、諸説ありますが、火除けの神「秋葉大権現」に由来しているという説があります。

    1869年(明治2年)、秋葉原の一帯は大火事で焼け野原となりました。

    大火を受けてできたこの地域の空地は火除地として原っぱが残り、その中心に「鎮火社」という神社が置かれました。

    火除けの神として静岡県に総本山がある秋葉大権現が有名だったことから、町人の間でこの鎮火社は秋葉神社と呼ばれるようになり、その周辺を「秋葉原(あきばはら・あきばっぱら)」と呼ぶようになりました。

     

    このころはまだ通称でしたが、一般化したのは、1890年(明治23年)のことです。

    貨物専用駅がこの地に置かれた際、駅名が「秋葉原(あきはばら)」と名付けられました。

     

    現在は電気街として有名な秋葉原ですが、電気街以外の他の顔も持っていました。

     

    鉄道貨物の輸送だけではなく、神田川を利用した水運が栄えていて、戦前までは材木屋が多く立ち並んでいました。

     

    また、神田川の南には江戸時代から「神田青果市場」がありました。

    威勢のいい競りの掛け声が飛び交い「やっちゃ場」と呼ばれていました。

    しかし1923年(大正12年)の関東大震災で、市場は壊滅してしまいます。

    市場はその後復興し、1980年代まで存在し続けたものの、1990年(平成2年)には大田区へと移転しま した。

     

    1945 年(昭和20年)の終戦後、秋葉原は二度目の広範囲な焼け野原となっていました。

    近くに位置する電機工業専門学校(現在の東京電機大学)の学生がラジオの組み立て販売をアルバイトで始めたところ、当時のラジオ人気で爆発的に売れ、駿河台、小川町界隈の闇市が、徐々にラジオ部品を専門に扱うようになりました。

    しかし当時日本を占拠していたGHQにより露店の排除の動きがあり、露天商は行き場を失います。

    そこで秋葉原駅のガード下に代替地を提供するという措置がとられ、露天商はそこへ収容されました。

    こうして多くの電気商が秋葉原に集まり、電気街が形成されていきました。

     

    明治には火除け地となり、大正では関東大震災を経てもなお昭和の間も青果市場が存続し、戦後は電気街の原点として、秋葉原は時代によってさまざまな変遷を遂げてきました。

    いつもの見慣れた風景も、歴史や背景を感じながら見れば、違った見方ができて面白いです。

     

    京都は昔ながらの風情が残る街ですので、散策をすればいろいろな歴史に触れることができます。

    古くからある喫茶店や、アイドルカフェ、メイドカフェのようなコンセプトカフェもあるので、観光の合間の休憩にも利用でき、いろいろな京都を楽しむことができます。

    日常から離れてリフレッシュしたくなった時には、京都木屋町のアイドルカフェ・メイドカフェへぜひご帰宅ください!

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